ラッコが。。。

ラッコと石を交換する夢を見た。
ラッコのニュースを見たのが原因だろうか。


乗ってきてすぐ体を掻き出す緊張感のなさがいい。
「ふー。危なかったぜ。お邪魔してるよ。」
「おい。やろうってんじゃないだろうな。だったら降りるからな。」
「近寄ってきたら降りちゃうぞ。」

そのあと成り行きでこんなクリップも見た。


とられた方が気にしてなさそうなのがいい。
それにしても。。。あそこにポケットがあるのか!
そのあと成り行きで水族館のラッコも少し見たけど、
なんか人間との交流が見世物に利用されているからか複雑な気持ちになった。

ただラッコの場合は大食いらしいので
健全な個体に育てるには相当の運動をさせなければいけないだろうから
それを芸の訓練に利用していると考えるとわりと健全な気がしてくる。

ラッコはラッコで
「なかなか餌をくれなくていら立つこともあるけど、いろんな人がやってきて結構楽しい。」
のかもしれない。広義ではストックホルム症候群は人間だけに限らないだろうし。


ラッコのお昼寝ぷかぷか3匹。あーまざりたい。
来世はラッコ一択だな。




手指汚染のトリアージ

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トリアージと聞くと医療措置の優先的割り振りを思い浮かべる人がほとんどだと思いますが、医療にかかわらず重要度やランクで選別することもトリアージといいます。今日は手指汚染のトリアージについて考えてみたいと思います。というのも先日ネットで買い物時に手袋をしてコロナ予防に努めるのは反対に危険だという記事を見かけたからです。私は非常事態宣言以前は訓練程度に各種手袋をテストしていましたが非常事態宣言以降は買い物時に必ず使い捨ての手袋を使っています。ついでに言うと使い捨てない手袋の開発も2種ほどして来ましたが(上図)、通常用途では使い捨て手袋に理があると考えています。読んだ記事の論点は確か手袋を過信してしまい手を洗わらなくなるから危険。手袋を捨てる時の正しい脱ぎ方を知らない人が多いから危険。などだったと思いますが要はきちんと要点を理解すればいいだけのことで、だから危険という非常に短絡した最近ありがちな煽り記事だったように感じました。ただ手袋に関しては少し思うところがありますので考えをまとめてみたいと思います。

そこで出てくるのが手指汚染のトリアージです。私は手指汚染の程度を大きく軽度と重度に分けて考えています。軽度というのは次亜塩素酸水で対処可能なほとんど油分を伴わない汚染になります。対する重度の汚染は油分を伴うもので界面活性剤やアルコールによるふき取りが必要な汚染になります。買い物かごなど不特定多数の人が触るものがこれに当たります。コロナ対策の上で私が考える手袋の役割とは買い物時などのちょっとした場面で手指が重度に汚染されないようにそして比較的簡単に消毒できる状態を保つことにあります。また、買い物時のケースでいえば右手と左手の役割を明確にしておくこともおすすめです。私の場合はレジかごなどの重度汚染の恐れのあるものは手袋をした左手で商品をピックアップしたり、財布を取りだしたり、汚染程度が低いものは素手の右手で対応しています。初めは間違えて素手でかごを持ってしまったりしますが、いちいち失敗を気にする必要はありません。そのうち無意識にできるようになるものです。ちなみに個人的にコロナ対策で必要に迫られ開発して使っているマスクの評判がなかなかいいので近日中に販売する予定です。今までにない完全にあなたの見たことのないマスクですのでお楽しみに。

マスク2枚で免疫力強化

マスク2枚って実際なかなか挑戦的だなと思う。明らかにボケを誘っておる。DIYでボケて笑って免疫力をあげろというのだな。然も有りなん宜なるかな。
  • 多分あれかな、勢いよくふると5枚くらいに見える高度な目の錯覚を利用しているとか。
  • 2枚つなげるとブラになるとか。
  • なんといまならもう一つついてくる!お得感かな?
  • トイレットペーパーなくなってもこれで安心!なぜなら洗濯できるから!!
  • 人類はあと一つのマスクをどこに装着するのかその時はまだ想像すらできなかった。
  • 縫い合わせてpasmoを入れる。
  • スケープゴートにしろと?
  • よく見たら親機と子機になっていた。
  • マスク配布後のよくある質問「届いたマスクが小さくてアゴが出るんです」
そんな午後でした。

Electro Pose


特に何も知らないのだけれど、ただそこに集められている曲が好きなレーベル(多分)Electro Poseにはいろいろ思うところがある。すごくうるさくなることがなく、音のボリュームも一線を越えない安心感があり、テーマのアートワークもかっこいい。

ところで志村けんさんがかなりピンチらしい。ふと考えると志村けんさんは多分小さいころに初めて見たコメディアン(面白い大人)だった。きっとありがとうを伝えたい人はたくさんいるに違いない。そんな志村けんさんの「だっふんだ」がよもや普通に国際的言語となっている一例をご紹介。

Boy! 俺にキュン。 ひざ蹴りキュン。 だっふんだ。 


追記:
志村けんさん、残念ながらお亡くなりになりました。テレビ禁止法の影響で近年の活躍は存じませんでしたが人に安心感を与える国民の安定剤みたいな人だったと思う。平和な時代の終焉をまさに象徴していて怖いです。どのような経路で感染したのか知りませんが、それはひょっとするとたまたまきらしていて人からもらった一本のタバコだったかもしれません。それほどにきっかけはごろごろしているのです。少しの油断が自分の死あるいは他人の死に直結しかねません。感染拡大のスピードを落とすには自分を含めてすべての人が罹患者であると想定して行動するしかありません。志村さんを称えるためにできることはだれか一人でいいから笑わせる(慰める)ことかもしれませんね。(ただし物理的距離は保つ)

19人のこびと対策

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コロナ対策に対するモチベーションが私はやや人と違うかもしれない。さながら実戦ではあるが私はこの機を訓練と捉えて利用している。武器として私は高濃度次亜塩素酸水を選んだ。その理由の1%はネット情報で99%は勘による。武器は何であれ決めておいた方がいいだろう。安心感が違う。2月のはじめに実践を始めてから1か月ちょい経った。はじめは整合性が取れずに戸惑うことが多かった。ここは消毒しているのにここを消毒していなかったら意味がないとかで、未だつじつまが合わないことはある。しかしながら試行錯誤工夫して効率よく動けるようになってくる。どんな部屋でも入ってすぐにどこを消毒するかとかが慣れてくる。(もちろん許可を得て)スプレー本体をどこに置くかなど自分の決まりごとがわかってくる。一泊程度の短期外出であれば自分の場合はおよそ250ml・250ppmの次亜塩素酸水を要する。そのうち自分なりの防具も誕生して進化してくる。目には見えないけれど、今はもうそこかしこに19人のこびとがうろちょろしているのかもしれない。私も自分の肺胞には人並みに愛着があって司令塔としては無為に彼らを危険にさらすわけにはいかない。危機感が他人のコピペだと状況が深刻であるときには生き残れない。